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特別展「Sumitada~戦国・南蛮・キリシタン~」の見どころ②
今回も特別展「Sumitada~戦国・南蛮・キリシタン~」のご紹介です。
今回は大友氏の名将・立花道雪(戸次鑑連)についてです。

この立花道雪、戦国時代が好きな人には有名人と思います。
なんせ、某歴史シミュレーションゲームで道雪を配下にすると、かなり九州征服がやりやすくなりますからね。私も大変お世話になりました。
さて、道雪の本名は戸次鑑連(べっきあきつら)といい、道雪は法名、立花の名字は筑前の立花家の名跡を継いだためです(実際は、戸次姓のままだったようです)。
大友家の「三老」の一人として、数多くの戦いに参加し、ほぼ負けなしという人物でした。

その道雪が所有したという刀(脇差)を、柳川市の立花家史料館からお借りしました。
その名も「雷切丸(らいきりまる)」です。
細身で、中ほどから大きく反った刀身が特徴的です。


この「雷切丸」、もとは「千鳥」という名前でしたが、ある出来事によってこう呼ばれるようになりました。
ご存知の方も多いかとは思いますが、まだ知らないという方は史料館に答えがありますよ。


ところで、この道雪と肥前国との接点は何かといいますと、それは道雪が肥前の領主たちの「取次(とりつぎ)」役を務めたことです。
取次とは、領主たちが外交を行う時の仲介役ことで、この取次を誰にするかで外交の成否が決まるため、取次は大事な存在だったのです。



今回、佐賀県立博物館からお借りした「戸次道雪起請文」(鶴田家文書、佐賀県指定重要文化財)には、道雪が鶴田氏に対して大友家に忠誠を誓うなら必ず自分が宗麟に取り成しますよ、と誓っています。
道雪は取次として、肥前の領主たちと肥前守護大友氏とのパイプになっていたんですね。

また、道雪は大友軍の軍団長でもあったので、肥前の領主たちの戦いもチェックしていました。
展示はしていませんが、筑後の田尻氏という領主に宛てた道雪の手紙には、龍造寺隆信と、純忠や平井氏(須古(今の佐賀県白石町)の領主)との戦いの様子を聞いていたりしています。
急激に勢力を広げる隆信の動きは、常に把握しておくべきことだったのでしょう。
次は、「肥前の熊」龍造寺隆信を御紹介します。




| 投稿者 : 山下 和秀 | 01:38 PM | 学芸員のひとりごと |
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